私は、昭和20年の終戦直前に生まれました。父は、シベリアに拘留され昭和32年の
春に送還されましたがすでに癌に侵されておりその年の秋に他界しました。
3歳の時、父親と半年の生活です。母の里で生まれて高校卒業まで生活しましたが、
母は住み込みで産婦人科医院に勤めておりましたから、月に2〜3日一緒に生活する
程度でした。
高校卒業し呉羽紡績(後の東洋紡績と合併)に入社した時、30歳になったらそのまま
サラリーマンを続けるか又は、故郷に帰り母と生活するかどちらかを決意しました。
数回の転勤の後、3年早く27歳で東京から故郷に帰ったのですが、帰省後もやりたい
仕事は無く、紳士服の製造メーカーに勤務したのです。
31歳で焼肉店を開業したのですが、衣料関係の製造工業に勤務していましたから
焼肉は勿論のこと包丁を使ったことが無いド素人での船出でした。
その時、心に誓ったのは・・・
.『真白き心』を大切にしよう
素人からの開業でしたからお客様の意見は素直に聞いて、おいしい料理を食べて
頂くために研究し、努力しよう、素直な心でありたいと言うことです。
その気持ちは、今でも変わる事はありません。
2.今の味に満足することなく新しい商品を開発し喜んで戴ける料理を提供しよう
.同じやるなら(目標)
★地域(倉吉)一番店を目指す
★県内一番店を目指す
4.おかげさまで焼肉店で山陰地区の主要都市 倉吉、米子、鳥取、松江に出店することが出  来ましたが、山陰地区一番店を目指し、大平門をブランド化したい。
5.焼肉店にとどまることなく、2001年10月に新業態のらーめん店を開業いたしました
  そして、2005年10月にイタリアンレストラン『Cattina Italia』を開業しました!
.会社目標・・・・・・2007年(H19)店舗数
  焼肉店・・・・・・5店(現5店)    らーめん店・・・・・・2店(現1店)    
  イタリアン・・・・・・1店
お店は(会社)は、明るく・楽しく・元気 のよいのが一番です。そして仲間達が
仲良く協力し合い、夢とロマンを求めて、働く喜びと生甲斐を追求します。
社員皆様が幸福になれる、そんな会社を目指します。
有限会社 大平フードシステム
代表取締役 加 藤 正 義